川崎病⑤ 即入院! | インコやオウムの色々な事+log

川崎病⑤ 即入院!

40℃の熱を発熱してから5日目に掛かった耳鼻科で紹介状をもらう事ができ、やっと救急に入ることができました。

早速先生の診察があり、お腹、胸、腕、足、背中に広がった発疹、首の左右にあるうずらの卵位のリンパ線の腫れ、真っ赤に充血した目、赤くぶつぶつした舌、皮がめくれている唇、BCGの跡など、一通りの診察をして頂き先生から一言、

「川崎病ですね」

と言われました。

そして、川崎病の説明が書いてある紙を早速見せて頂き、病気や入院の説明が始まりました。

「えっ!?川崎病ですか…??」

なんとなくポピュラーな病気ではなさそうな気はしていましたが、川崎病という名前は全く想像していませんでした。

そして、川崎病という名前は育児書で読んだことがあり知ってはいましたが、内容も難しくあまりピンと来ていませんでした。

しかし、先生から川崎病の説明をして頂き、ぴみさんの辛そうな姿や、今までの特殊な症状を思い出して、これが、前育児書で読んだ事がある川崎病っていう病気だったのかと実感が湧いてきたのを覚えています。

そういう事だったのか……私がずっと不思議に思ってきた今までの症状が川崎病の症状だったんだ…これはさすがに分からないわ……

そして、少しずつ川崎病という病気を理解していきました。

なんだかとっても難しい病気だな…

そして、とても気になっていた入院期間を聞いてみると、

「大体2週間位だと思います」

と言われました。

「えっ?2週間で退院できるんですか?!半年くらいかかるのかと思ってました」

「(笑)そんなに長くないですよ!この感じだと大体2週間位だと思います」

私の中ではとても意外な言葉だったので嬉しかったのを覚えています。

私はぴみさんの様子を見てきて、

入院期間はこの感じだと半年以上かかるのかな?!

川崎病って確か難病って聞いたことがあるけど…

当分学校には行けないかな?

と不安に思っていたので、2週間の入院期間という先生の言葉は、私の中では嬉しい誤算でした。

そして、川崎病の事が書いてある説明の紙と、ガンマグロブリンの点滴の説明、そして、確かガンマグロブリンは輸血からタンパク質の部分(免疫の成分)を取ったものなので、同意書を書かされたのを覚えています。

輸血を利用して作られたのがガンマグロブリンという点滴とのことなので、感染症の部分については充分気を付けてはいるものの、感染症になるリスクをゼロにする事は難しく、その部分については少なからずリスクは付いて回ります。

その事について、充分理解した上で治療を開始する意味での同意書だったと思います。

このような話を聞いて署名を書くと言う行為は、正直躊躇したくなる気持ちは数パーセントはありましたが、それよりもぴみさんを早く助けたい、この方法が最善であり今現在のぴみさんの症状に対して1番適しているやり方ならやるしかない、そして、リスクの不安よりも断然治療ができる、治癒できるという嬉しさの気持ちの方が大きかったのを覚えています。

なので、自分の気持ちと先生を信じて、すぐに署名をしました。

そして同意書に署名が終わり、すぐにぴみさんが採血をされ、点滴をされ、車イスに乗せられて、即入院になったのでした。

車イスで移動をして、看護婦さんに入院の説明をされてる間、ぴみさんの症状が酷くなってきたのか、吐き始めました。

咳をしたことによる嘔吐が止まらずとても辛そうで、見ている方も辛かったです。

そして入院の説明も急ピッチで行われ、やっとぴみさんの入院ベッドにたどり着く事が出来ました。

私は、パジャマ、下着、タオル、歯磨きなどの入院に必要な物を家に取りに行く為に1回帰り、荷物をまとめてすぐに病院に戻りました。

大きな病院は私が住んでいる家から歩いてすぐの所にあるので、子供が入院になったときは、本当に近くて助かりました。

ぴみさんには妹が居て幼稚園に通っています。

そして旦那は普段は仕事が忙しいですが、休みの時には妹の世話をしてもらったり買い物に行ってもらったりしていました。

ただ、旦那が仕事の時には私1人でこの状況を回さないといけないのですが、病院が家から近かったのでなんとか回すことができました。

なので、旦那が仕事の時は誰かに手伝ってもらうこともなく、普段通り妹の世話をして、幼稚園バスの送り迎えをして、スーパーや銀行に行く事もでき、家の掃除洗濯や、旦那と子供のご飯やお弁当も作り、幼稚園や学校のPTAやイベントにも参加することができました。

放鳥時間が普段よりは短くなりましたが、インコの世話も毎日出来ました。

本当に近いって助かります…

そして、入院に必要なセットを家に取りに行き、ぴみさんがいる病室に持っていくと、看護婦さんが点滴など色々としていました。

なんの点滴かは見ただけでは分からなかったですが、多分さっき説明があったガンマグロブリンと、もう1種類点滴があったような記憶があります。

ぴみさんはというと、嘔吐も収まって少し症状が落ち着いた感じでした。

そして、病室が暗い!!

もう消灯の時間ということで病室の電気が消えていて、夜の9時を過ぎていました。

確か耳鼻科に外来で行ったのが2時半位だったような…

あっという間に夜です…

今日はたまたま旦那の仕事が休みで、幼稚園から帰った妹のバスのお迎え、夜ご飯とお風呂、そして幼稚園の明日の準備をしていてくれました。

ぴみさんは入院時8歳で、24時間付き添いはしなくても大丈夫な年齢と医師からも説明があったのと、妹がいたので、今日はこのまま病院の部屋で一人で寝れる?とぴみさんに聞いたら、

「大丈夫だよ!」

と言っていたので、

「看護婦さんは夜でも夜中でもいつでもいるから、何かあったり分からないことがあったらナースコール押せば来てくれるよ!定期的に見回りにも来てくれるから安心してね!」

「また明日来るね!」

とぴみさんに言ってその日は帰りました。

一通りの事が終わり私が家に着いたのは夜の10時前位だったと思います。

「ママだ!やっと帰ってきたの?」

次女が嬉しそうに出迎えてくれました!!

「ご飯もお風呂も明日の幼稚園の準備も終わったの?」

「うん!パパが居たから全部終わったよ!」

「妹ちゃん偉いね!良く頑張ったね!ぴみさんは入院してしっかり治療して様態も良くなってるから大丈夫だよ!安心してね!」

「もう、やっぱりぴみさん入院になっちゃったね」

次女と会話をしたあと、私はやっとシャワーを浴びてベッドに入ることができました。